第弐階 ――――― 安威織希




 私は独り。生きてきた。
 私は独り。生れた時から。
 私は独り。生れた場所を知らない。

 安威織希、私の名前。今しがた、変な小父様方が(、、、、、)怖気づいたところである。 言っておくが、決して私が(、、)怖気づいたわけではない。小父様方が怖気づいたのだ。 廃ビルに連れて来られ、何をされるのかと思いきや、いきなり手に持っているナイフを此方に向けてきた。 目は虚ろで、はあはあと息荒く、人間とは思いたくない形相だった。
 ただのいたいけな少女である私が、廃ビルに連れて行かれてえっちぃことを強いられるのだと思ったら何とまあ殺されるとか。 考えもしなかったことに、唖然としてしまった。
 小父様たちは目は虚ろ。私を殺そうと息づいている。
 殺されるのは嫌だ。と、思わなかった。私は独り。相手は5人。怖くはない。 何だか、殺される事に対して、この場所にいる事に対して、とても違和感を感じない(、、、、、、、、)
 なぜかといわれてもわからない。ただ、ここにいる事が必然であり運命。 私がここにいなければならない状況。私は今、この状況を知っているかのよう。 何も知らないはずなのに、私がここにいる事は私自身が知っていて、今から起こる惨劇ともいえる私の真骨頂。
「私を殺してもいいことないですよ?私には悲しんでくれる人なんて居ないんですし……あの……」
 説得を試みて話し掛けてみるは良いが、話を聞いている風には見えなかった。というよりも、聞こえていないのではないだろうか……。 静かな廃ビルの中で荒い息が耳につく。気持ちの悪い、温かい息音。
 その音がピタリと、止む。
 次の瞬間には、私の隣に1人ずつ刃物を向けて突き進んできた。皆が皆同じ攻撃。 足音も、息音も、動きも同じ。けれど、お互いにぶつかりはしない。 何か(、、、)に操られている風にも見えたが、多分そんな事はない。 5人を5人で操ったとしても、決してぶつからない(、、、、、、)とは言えない。
 けれど、小父様たちは絶対にぶつからない(、、、、、、、、、)のだ。
 コンマ1ミリのところでぶつからない。掠りもしない。こんなことはおかしい。あってはならない。 けれど、目の前で成り立ってしまっているのだ。 私という標的に向かって突進してくる際も、私が避けても小父様たちが同志でぶつかる事はない。
 まるで1人に5人が操られているかのような(、、、、、、、、、、、、、、、、、)妙な感覚。 そんな人間以上な妙な業を使える人が、この世に居るはずがない。っていうか、小父様たちは人間じゃないのかも知れない。 そんな状況に立たされても怖いと思わない私も結構、人間離れしてるっぽいけどね。
 怖くはない。むしろ、心は至って静かだ。
「私を殺して憂さも晴れなきゃ意味がないでしょう……私が哀しみます……。小父様たちはきっと社会にストレスを感じているんでしょう?」
 聞く耳持たず。真向に5人が向かってくる。
「止めて下さいよ、止めてくださいよぅ!私は痛くないけど、小父様たちが死んじゃうですよ?!」
 自身の言葉に驚く。
 自分は今何を言った?私が死ぬのではなく、相手が死ぬと伝えた?
 小父様たちはそんな言葉にも耳を向けず、ただひたすらに私に向かって刃物を出してくる。 これはなんだろうか。あんなもので私を殺そうとしているのだろうか。私はあんなもじゃあ殺せないよ。
 脳裏に浮かぶ、言葉の羅列さえも、私自身を驚かす。そして、けれど、冷静。沈着。そして、冷酷。
「小父様たちは、ずるい……そんな武器で……でも私には、こんなものがあるもの」
 髪に装着していたカチューシャを外し、1人の小父様の懐に瞬時に移動し、虚ろになったその目にカチューシャの端を突っ込む。 そして、手際よく引き抜く。両目を同様に4人とも。
 けれど、目を失っても尚私に向かってくる。目を潰しても目を割っても目をくり抜いても、向かってくる。 ふらふらとナイフを構えて、へらへらと笑いながら、私に5人が5人とも向かってくる。
 仕方がないから、またカチューシャを使って、今度は1人の小父様の手に引っ掛けて、その腕を引いて柔和に1人の小父様の胸へと導いてみた。 すると、しかし、5人にその戦法を使ってしまうと1人が絶対に余る。でも、仕方がない。
「哀しいなぁ……ちゃんと死んでくれたら私だって楽だったのに」
 最後に残った小父様には、私が腕を引いて、その最後に残った小父様の胸に自身で貫いていただいた。
「哀しいなぁ……胸が痛い……でもね、泣けないんだ。申し訳ない。」
 少しだけ、困惑したような顔をして、カチューシャを見つめた。
「ああ、なんとまぁ奇怪だ。これはもう機会は奇怪でしかない。偶然でなく必然だ。 さぁさ、僕っち達に逢ったのは運がよかった。君は……そう!柏木ではないね?」
 後方から話し掛けられて、また少し困惑する。けれど、私は分からない。困惑はしたけれど、安堵もした。 安心してしまう、この人たちを私は会ったことも無いのに、少しのデジャヴに襲われた。 こんなことはなかったはずなのに。必然という名の運命な状況。
「ああ、君は今日から零崎一賊、ファミリーの仲間入りだ。」
 なんて素敵な響き。私は今日から独りではない。零崎という世界に落とされた、素敵な殺人鬼。

 私は1人。殺人鬼の1人。
 私は1人。零崎一賊の1人。
 私は1人。安威織希という1人の少女。




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