第壱階 ――――― 上る・登る・昇る




「前方よーし。」
 一人目、人間の声。
「お前もオカシイ奴だっちゃ」
 二人目、人間の声。
「後方よーし。点検終了!」
「……左右はどうしたっちゃ。左右は。」
「左右は良いんだよ。見えるから。僕っちの範囲内だから、さ★」
「……じゃあ、今お前が向いているほうから見て右がお前の正面になった場合、左は背面になるんだから、見えなくなるっちゃよ?」
「……左右の点検もしたほうがよか?」
「さぁな。お前の好きにするっちゃ。最近は物騒だとか言って点検をしだしたのはお前だっちゃ?」
 うーん……と唸ってからしぶしぶと左右の点検をする、小さな少年。外見の年齢は10歳ほど。 黒ぶちの眼鏡をかけ、真っ黒の半ズボンに真っ黒のブカブカセーター。真っ黒のハイソックス。真っ黒のローファー。 その上に踝まである真っ黒のエプロンをかけ、手には真っ黒な携帯電話と真っ黒なノート。 真っ黒な髪。真っ黒の前髪は鬱陶しくも鼻の辺りまで伸びきっている。どこもかしこも真っ黒。 何処を見ても何処をとっても真っ黒でしかない。 ただ、色がついているとすれば、携帯電話の画面表示や少年の地肌のみ。
 とてもとても冷たい眼をする少年だった。その目は黒く澄み、ナニモノをも厭わない純粋な心を映していた。 ただ冷たいのではなく、けれど決して暖かくは無い色。黒。黒々。暗。闇。
 小さな少年は冷たいのではなく、自分しか知らない。
「最近は物騒だからぁ……仕方ねぇけん」
「そうだっちゃなぁ……匂宮の配下にある柏木が変なことを考えてるとか何とか」
「それは調べた。たしかにそんなことになってたさ。でもな、おかしい事件は他にもあるんやけん。」
 小さな少年は可笑しな方言でモノを話し、紡ぐ。
 浅黒い肌の青年は、別の意味で可笑しな話し様だった。
「柏木は数字の名前がつけられるんよ。柏木は46組あったんだけんども、この間1組になっちまった(、、、、、、、、、)んやと。」
「? どういうことだっちゃ?」
「だーかーら……、柏木内で起った内乱で≪個≫という組が残ったんだよ」
「≪個≫?」
「そう。≪個≫。」
 少年は頷きながら、繰り返す。それでも、右手は携帯を離さず、目も携帯と道角からはなれず、点検をしながら点検をしている。 それはまるで、奇怪な機械のように機会を伺いながら貴会を待つ。
「たった一日で。たった一日で。1組は45組を倒したんだ。1組3人の柏木一門。3人が135人を倒したのさ(、、、、、、、、、、、、、)
「な?!」
「なー?吃驚すんだろ?僕っちも吃驚したさァー。でも、それぐらいの数ならたやすいやん?」
 少年は笑顔で携帯を打つ。手の中でバイブ音。また、打つ。バイブ音。打つ。繰り返し。繰り返し繰り返し。
「特に≪個≫のグループは厄介なことに連携が得意。そしてもっとやっかいなのは、柏木の中で唯一つの1つの意識を共有する3人、≪唯一無我二(ワン・ワン・ワン)≫」
「……どういうことだっちゃ?」
 浅黒い肌の男の眉間の皺が一気に酷くなる。少年はそれに気付いてか否か、不適に含んで笑うと先を歩いた。
「なぁ……どういうことだっちゃ?」
「ふふっ。それはまぁ、この仕事が終わってからにしましょうぜ、兄上殿」
「?」
「ああ、なんとまぁ奇怪だ。これはもう機会は奇怪でしかない。偶然でなく必然だ。さぁさ、僕っち達に逢ったのは運がよかった。君は……そう!柏木ではないね?」
 少年は目の前に突如現れた少女に質問を投げかける。 少し困惑した顔で、手に持っていたカチューシャを頭にいそいそとつけて、深く深呼吸。
 吸って、吐いて。
 吸って、吐いて。
「始めまして。初めまして。こんなところで真っ赤になって、どうされました?」
 にこりにこりと微笑んで、紺色のスカートを履いている少女に歩み寄る。
「変な男にこの廃ビルに連れてこられて、殺されそうになったから……」
「殺されそうになったから……殺したんですか?」
「わ、私……殺そうとか思ってなくて……」
 少し戸惑いながら話す少女の足は、少しも震えておらず、むしろ、そこに立っているのが当り前のような風景。 表情も対して困惑はしていない。けろりとした顔つきで、殺した事を否定もしない。
「でも、貴女殿が殺したのだ」
「そう。私が殺したの。殺そうとか思わずに殺したの。」
「見るも無残だ。両目とも抉られているね。どうやったの?」
「このカチューシャで……」
「見事だね。そんなもので殺せるて。」
 少年は悲劇を喜んで、少女の横に立って、少女の顔を見上げて拍手した。 否、少女の顔を見るのではなく、少女の頭につけている武器を見上げて、嫌らしい笑みを浮かべた。
「そうかそうか。おめでとうおめでとう。武器になりえないものを武器として、殺そうと思わずに1人で5人を殺した君に栄誉を称えて、零崎を名乗る事を許そう。」
「……?ぜろ、ざき?」
「ああ、君は今日から零崎一賊、ファミリーの仲間入りだ。」
「……わぁ!嬉しいっ!家族だなんて私にはいなかったから嬉しいなぁ!」
 少女はぴょこぴょこと跳ねて、とても嬉しそうにする。その姿を見て浅黒い肌の男は唖然とする。 黒尽くめの少年はというと、死体の観察をして、仕事のよさに惚れ惚れしていた。
「兄上殿!ほらほら!目玉目玉っ!全部一撃で割られてるんだよ!すっげぇよ!」
「あぁ……はいはい。」
 弟の言葉に苦笑いをする。
「あっと……ところで、お兄さんと……弟君の名前はなんて言うの??」
「あはっ。こんな身なりでも一応二十歳なんだよ、僕っち。僕っちの名前は悲識。零崎悲識。」
「俺は軋識だっちゃ。」
「わ、私は安威織希です。零崎の名は……ないです。」
「追々作っていけば良いよ。」
 悲識は、悲しそうに、嫌らしく笑った。
 軋識も似たように、新しい同士の歓迎を込めて、笑った。
 少女は、表情には表せなかった(、、、、、、)が、笑っていた。




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