物語というものは急展開が好ましい。
そんなことを思うのは僕っちだけで、そんなハラハラするのは要らない。と、いつもレン兄上に言われた。
そんなことはない。ハラハラドキドキがあってこその世界だ。むしろ、そんな世界に生きているくせに、なぜ求めようとしないのか。
レン兄上が求めているのはただの萌え要素ではないのか。彼はショタコンでありロリコンだと信じている。
むしろそれの何が悪いのだと言われそうだ。ほとほと呆れてしまう。もうむしろ、飽きれている。
「レン兄上に好かれそうだな、安威っちは」
「レン兄とは?」
「少女趣味……いや、それは違うな。セーラー服美少女戦士が好きなんだ」
「危うい感じですね」
「危うい感じなのだよ」
「何の話だっちゃ」
呆れてモノも言えないような顔をしているアス兄上。なかなかのお顔ですよ、兄上。
しかし、誰も美少女戦士にツッコミをいれないのが辛いな。僕っちが痛い存在になっちまっただけじゃないんか。いと悲し。
さて、何も起こらない、この廃ビル。何故こんな所に来たのかというのも、全ての現況は勿論のこと僕っちにあるわけなのだが、それはもう仕方のない必然のもとに起こったものだ。
僕っちたちの脅威であるあの、赤き制裁。アノ方から伝えられたメールによる。≪
唯一無我二≫の急展開ともいえる物語の創作。
そんなものは、この世界に必要ではなかった。依然とした世界に落ちてきた塵。廃棄物。あってはならない存在。それが≪
唯一無我二≫。
赤き制裁は許さなかった。いや、赤いのだから赦さなかった、だな。僕っちとしては怡然として楽しくて嬉しくて仕方がない。何がどう僕っちたちの世界を壊そうとも汚そうとも急展開と物語の進行は自然に必要となる。
だからこそ、執拗となるのかもしれないが。俄然として新しい世界に到達しようとしている。それだけでいいのだ。
それだけで嬉しい。嬉しくて嬉しくて仕方がない。このまま死んでしまったとしても悔いはないだろう。
話を変えてしまって申し訳ない。この廃ビルは今、僕っちと兄上と安威っちしかいない。そのはずだ。だが、とても胸騒ぎがするんだ。なんとも言えないおかしな感じ。
さっきの目玉が全て無くなっていた小父様たちは安威っちが倒しているから、大丈夫。生きていなさそうだったし。
でももし、もう、柏木の1人が中に入っていたとなると何もできなくなってしまう。
≪
唯一無我二≫は、気絶している人間しか動かせないという情報だけが耳に入っている。
これもまた、赤き制裁からの神々しいまでのお言葉なのだが。けれど、人間を操れるのは闇口だけではなかったか。
たしか、闇口の1人は操れていたはずだ。
「そういえば、安威っちは何で襲われてたの?」
「よく分からないんですけど、ここに連れて来られたと思ったらいきなり襲われたんですよ」
「世の中には変態が多いんだから、ひょいひょいついて行っちゃ駄目だっちゃよ……でも、なんで襲われたかも分からないっちゃ?」
「さあ? 分からないですねえ……変だったのは確かですよ? 5人が一斉に攻撃してきたのに皆、
ぶつからずに私に攻撃してきたんですから。」
「そんなこと出来るはずがない……」
「そうなんですよね。でも、確かに
コンマ1ミリで当たらないんですよ。そんなの
思考が通い合ってなかったら出来ないですよね。」
思考が通い合う? そんな馬鹿な。ワンワンワンとはそういう意味なのか? 本当に1つの思考が3つを……いや、自分を含めた他人を順応させるのか?
ありえない。ありえなさすぎる。何もかもが滑稽で、笑うどころか呆れてしまった。そんな馬鹿なそんな馬鹿なそんな馬鹿な。
僕っちの思考の領域を越えてしまっている。どうやってるんだ? 赤き制裁でも出来ないそんな能力は必要ないだろう。
闇口でもないのだから、たかだか匂宮の分家がしゃりしゃり出て来て闇口の能力を盗っていくなよ。
ほとほと呆れて、飽きて、悲しくなってきたよ。もう、辛くて仕方がない。
うな垂れてしまうよ。何も見付からないし。何を考えてもドツボにはまりそうだ。
悲しい悲しい悲しい悲しい。何もどうも出来ない。悲しすぎて仕方がないよ。流石、悲識。いと悲し。
そして、一番何が悲しいって? 聞きたいかい?
「彼女は敵ですか? 味方ですか?」
そりゃあ、僕っちたちの目の前に既に1人少女が立っているってことだよね。
「助けがいるような人数ではないっちゃよ」
「それもそうやんなあ」
敵か味方かは、にまりと笑う。僕っちと安威っちも、返すようににまりと笑った。兄上は少ししょんぼり顔。本当にこの人は……戦うのが嫌いというか苦手というか。
「あんんちゃたちは敵でしょか?」
「舌足らずだなおい。」
姿は、僕っち以上に奇抜。奇妙1位だと抜擢されるほどの奇抜さ。僕っちは全身真っ黒で何とも言えないだぼだぼの格好だが、相手は逆だ。逆も逆だ。
なんなんだ、あの格好は。身長はゆうに170を越えていて、ちょろりとしている。しかし、格好は幼稚園児だ。幼稚園児が着ているような水色の被るような上の服に、半ズボンだ。
しかも、サイズは幼稚園児用なのだろう。袖は5分で、ズボンはぴちぴちの半ズボンだ。ヒラヒラと上の服が捲れると、ヘソが見えており、素肌にサスペンダーをしているようだった。
「あたちの しゃべるを 知りませんか ?」
「そんなものは知らないっちゃ」
「アナタは敵なんですか?味方なんですか?」
兄上は二つ名と同じ名前の釘付き鉄バットを持ち直し、安威っちは髪の毛に装着していたカチューシャをはずして、クルクルと回しだす。
それは、臨戦体制だ。
僕っちも少し遅れて臨戦体制に入る。眼鏡のフレームに隠してある細長い針。それを指輪に装着して、右の人差し指の第一関節と台に関節の間で留める。
「あんちゃちゃちの しゃべるは 要りませんか?」
「要らない」
「要らないのでしゅか」
にんまりと嫌らしい笑みを浮かべて、兄上を指差す。
否、兄上を指したのではなく、兄上の後方を指していた。
「がはっ」
「軋識さんっ!!」
水色ではなく、ピンク色の幼稚園児用の服。その服に映えるような真白な顔。水色の奴と同じ顔だ。全くもって同じ顔。
「要らないって言ったでしょよ?」
「ひつよゆないでしょよ?」
点検したのに点検したのに点検したのに。ここは既に点検して何もない場所だと思っていたのに。
何故現れた? 何故ここに要る? 必然だとしても要らないだろう。ここには必要ないだろう?
1人でいいんだ。2人も要らないんだ。こんな奇抜な人間がこんな所に固まってしまったら気持ち悪いだけだろう?
だから分かれよ、僕っちたちを通してくれ。
「喋るは必要ない……でしょ?」
「そこの色の濃いおにーしゃんは、喋る要らないでしょ?」
「だかや、おくちに ちゃっく!」
2人が取り出したのは、針と糸。曲弦師……ではないよな……針と糸といえばすることはただ1つ。
縫うしかねぇよなあ……。
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