第六章―――――黒色が濃厚





赤は赤く
青は青く
灰色は灰色で
黒は黒だ。





 朝。僕は昨日の朝にメイド長に言われた通り5時に目を覚ます。隣のベットにいる零崎も既に起きており、もうメイド服に着替えていた。 なんというか、髪の毛をいつもは後ろに束ねてあるはずの尻尾がなく、耳につけてあったストラップやピアスなども綺麗さっぱり外している。 潜入捜査をしたことがあるとは言っていたが、本当に手馴れていて、ぼく自身もビックリする。
「なに呆けてんだ、欠陥製品。壊れるには早すぎるだろ?」
「ぼくは元々壊れてるよ、人間失格。」
「かはは。それもそうか。」
 女の子には思えない(もちろんその通りで男だが)笑い方で、刺青を歪ませる。
 「先に行くぞ」と零崎は先に行ってしまった。後ろでドアが閉まる音がする。 ぼくは、せかせかとメイド服を着て、一応姿見を使ってメイド服を整える。
 後ろでドアが開く音がして、零崎が戻ってきたのだと思い、振り返ると、そこには誰もいなかった(、、、、、、、)
 でも、確かにドアは開いた。
 誰かがドアを開けたんだ(、、、、、)
「     !!」
 誰かがぼくの耳元で叫んで、ぼくは何も出来ず……いや、強張って、いきなり……いや、そいつ(、、、)は必然的にぼくの頭を思いっきり殴った。
 そいつは、
 赤色でも
 青色でも
 灰色でも
 黒色でも

 なかった。






 ぼくのいない物語はどう進むのか。ぼくは主人公ではないが、語り部だ。
 あぁ、違った。今回の語り部はいないのだ。ぼくは≪透明の逃亡者(カラーレス・ランナウェイ)≫。 見得ない、ぼく。ぼくは、見得ない。ぼくも見得ない。ぼくは見ない。何も。流されるまま流されて、ぼくはそれでいいと思った。
 ぱしりと、頬に程よい痛みが走る。叩かれたのであろう。 目を覚ますと、目の前には≪黒色の陣門降り(ダーク・ギビング・アップ)≫が、静かに床を見下していた。 頬を叩いたのは哀川さんだと気付くには、5秒ほど掛かった。黒色が余りにもきつくて、濃くて、赤よりも濃い色だったので、赤が見当たらなかった。
「いーたん、大丈夫か?」
 哀川さんのどアップ。思考回路がぐちゃぐちゃだと気付くのに3秒ほど。 あ、いや、ぼくの思考回路は既に壊れてはいるものの、常識的な範囲では動く。と思う。ということだ。
「あれ……ぼく……殴られてませんでしたか?こう、何か大きい物で……。」
「いや、それが分かんねぇんだ。あたしらがここに来たときにはもう、いーたんは倒れてたからな。なぁ、黒。」
「あぁ、そうさ。≪赤色の人畜有害(レッド・バッドネス)≫の言う通り。 君が起きて、僕を見て、黒色を眼に写し、周りが見えないということも分からないことはない。そりゃ、黒は何色にも勝る色だからね。」
 何を言わんとしているのか、ぼくにはさっぱり分からない。それでも、黒からは目が離せない。 魅せられた黒には何も勝てない。周りが分からない―――……。
「だが、君は周りを見無さ過ぎる(、、、、、、)。」
 冷たい黒い瞳で見下ろされ、その眼を見ないように背けた。怖かったわけではない。ただ、魅せられるのが厭だった。 だが、ぼくはここで後悔する。周りを見なければ良かったと、後悔する。
「後悔は先に立たないものさ。」
 黒色は謳い文句をぼくに溢した。そんな言葉、要らない。欲しくない。
 ただ、ただただ今は、逃げる場所が欲しいと本気で思った。
「さぁ、いーたん。この現状はどういうこった?」

 余りにも血腥い。
 余りにも血生臭い。
 余りに赤色。
 余りに紅い。


「ここは……どこ(、、)ですか……?」


 世界は一面、赤色だった。






 「死んでるなぁ、菜採も南茉那も納眞弥も。」
 哀川さんはぼくの周りで紅い海の中で溺れている人たちの名前をあげる。 ぼくの昨日知り合った人たち。クラスメイトの姉と兄。ぼくは彼らの色を浴びて、服は赤でびしょびしょになってる。
「三女の亜耶も死んでんだよな、これが。庭で溺れてたんだよ。」
 哀川さんは冷たい冷たい眼をして転がっている死体を見下ろす。 ぼくは動けず、ただ、ひたすらに哀川さんの眼をみないようにする。あまりにも冷たい。

 彼女がぼくを人でないような目で見詰めるのを感じられた。

 ぼ く は 知 ら な い 。

 何も。
 何も何も。
 何も何も何も何も―――……!!

「誰も、いースケくんを攻めてはいないさ。」
 黒色が低いトーンで言葉を放つ。
「ただ、何て使い物にならないのだろうと思うだけだよ。」
 黒く黒く微笑んで。ぼくを見下ろさず、見下した。
「君は、戦ってもいないんだろう?くく……。」
 嘲笑いだす。
「くくく……。君に良く似た彼は後始末さえもしてくれたというのに。」
 死体の向こうにあるドアが少し軋んだ音をさせて開く。そこには赤いメイド服を着た殺人鬼が立っていた。 いや、赤い服ではなく、紅くなってしまった服(、、、、、、、、、、)。 とてもとても酷い色だった。赤というには濃く、黒というには薄い。そんな錆びた鉄の臭いのする色。
「よぉ、欠陥製品。見るも無残だな。」
「うん。無残だ。」
 返事を返す。その声は蚊が鳴くような声で、自分でも驚く。
 たかがこんな血溜りの中で溺れていただけのぼくは、今まで目の前で人がバラバラになるのを見たことがあるぼくが、好きだった弟子が死んでしまっていたのを見たぼくが、 何も恐れないようにと心で決めていたぼくが、たった1日共に過ごした家庭で何を思ったのか、酷く吐き気がする。
 鉄の臭いで吐き気がするのか、赤い中に溺れていたことに吐き気がするのか、関った人に対して哀しすぎて吐き気がするのか―――……

 分からない。






 ぼくはズボンに着替えて、持ってきていたナイフをポケットに入れる。那間家の屋敷にはまだ独り、犯人が隠れているらしい。 誰かは分からない。ただ、犯人以外は人間失格と良久さんが口止めとして、消したらしい。それはもう、跡形もなく。
 犯人は単独行動。だから、ぼく独りでも大丈夫だと、屋敷の中を捜すことになった。哀川さんや人間失格も独りの犯人を探す。 犯人はあの人しかいないと確信している。そう、あの人しかいない、と。
「とんだ戯言が世の中には蔓延っているんだな。」
 なんて要らないものがこの世には充満しているのだろう。かの青色は、ぼくと自分しか世界には要らないと言った。 あの時は、そうではないと思ったが、今考えてみると確かにそれは理にかなっていて、そう思うのも無理はない。

 だって世界は、要らないものが多すぎるから。

 だけど、ぼくはぼく自身を必要としていなければ、要るのとも思わない。寧ろぼくはこの世界には不必要ではないのだろうか? 彼女が必要としても、彼女がいなくなればぼくは要らない。彼女がいるからぼくが要られる。

 それは何て不純な必要性と必然性。

 ぼくはいつだって何だって必要最低限のものしか用途はしない。要るとも思わなかった。大事な物が出来るまでは。 大事な物が出来てしまうと簡単に消えてしまう、ぼくの何て不順で不純すぎる性質。
 ぼくは小さく溜息を吐いて、大きな扉の前に立つ。扉を開けて、そこに在る人物に向けて吐くそれは――……

「君もそう思うだろう?」

 何て戯言。






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