第五章―――――黒色も透明





見えない。見得ない。
観えない。観得ない。
君の姿が。
僕の心が。







 「いーくんって、女の子だったの?俺、てっきり男だと思ってたんだけど……」
「ぼくも男だと思ってたよ。」
 ぼくは今、那間那弥奈の家にいる。哀川さんに手伝わされる羽目になった、ある家のメイドというのは、那間君の家だったらしい。 ぼくは暇という時間の使い方を間違っているらしく、今日みたいに忙しいのは、ぼくとしては嫌いではない。 哀川さんの仕事といえば、どうしても秘密(シークレット)系や、戦闘(アクション)系が多いため、 彼女から頂く仕事はあまり好きではないのだけれど、今回のは、何というか楽そう(、、、)だった。 決して、楽しそう(、、、、)では無いけれど。
「じゃあ、いーくんって呼び方、改めたほうが良いよね?」
「いや、ぼくは別に何でも良いんだけど……」
「うーん……いっちゃんでどう?」
「何でもドウゾ。好きに呼んでくれたら良いよ。」
 メイドの仕事について半日程たった。なんというか、潜入捜査っていうかコレって囮捜査じゃないですか? ぼく、妙に好かれてしまっているのですが……那間君に。ぼくには、そういう趣味は無いですから。 あるのは、メイド服やセーラー服のおねーさん。ぼくってマニアックらしいんだよね。
「いっちゃんと一緒に入ってきた女の子は、いっちゃんの知り合い?」
「あ、ぜ……じゃなくて、ひーちゃんのことかな……?」
 寒気がした。自分で言っておいてなんだが、男同士の≪ちゃん≫付けは少しもいい気がしない。 哀川さんが言うに、女の子を演じなければならないらしい。 っつーか、メイドじゃなくて召使(または執事)で良かったんじゃ……。
 ぼくは、1つ溜息を吐いて、那間君に話し掛ける。
「で、どうしたの?」
「んー?あぁ、ひっちゃんって子、何だかいっちゃんに似てるよね。」
「そうかな?」
「あと、血腥い。」
 ドキッとした。もちろん顔には出さないけれど。血の臭いを嗅ぎ取ったというのか……?零崎の臭いを……。 あの紅く紅い旋律を、心の中で画く零崎像は血の中に沈んだ独りの少年。
「俺ね、人を殺したことがあるから分かるんだ。」
「え?」
 耳を疑う。
「なーんて。嘘かホントかどっちかな?まぁ、嘘でも本当でもいっちゃんは、俺の友達だからね。」
 彼は静かに笑った。
「光栄だね。」

 笑えたら良いのにと思った。






 ぼくは、一仕事終え、メイドとして与えられた部屋に戻った。 ひかりさんたち、こんなに大変なことを毎日していたんだな……と思うと何だか申し訳なかった。
 ぼくと零崎は同室で、休憩中はどちらかが哀川さんか狗良木さんに連絡を入れることになっている。 なので今は、ぼく。部屋についている電話だと外部や内部にばれる可能性があったので、 トランシーバーまで渡されている。なんて周到。しかも、玖渚に作らせたらしい。 だから、あの時狗良木さんはあそこに居たのだと気付く。そして、あそこに居たのは狗良木さんだったと気付いた。 狗良木さんに謝ると、チョップをされた。少し痛かったが、哀川さんほどでもない。
「さて、連絡でもするか……」
 独りで呟く。まあ、呟くなんてこと、独りでないと出来ないのだろうけれど。
 戯言だよ。
 そうこう思っている間に哀川さんに繋がる。
『ぃよう!可愛いいーたんっ!』
「それは良いですから……。」
『何か良い情報、入ったか?』
「いえ……。でも、那間君が少し気になることを言ってました。」
『?何々?いーたんが大好きですって?』
「いえ、全く違うんですが。」
『わー。かなり静かにスルーされちったよ!』
 遊んでる場合じゃないと思うのですが……。
 ぼくはひとつ間を置いて、語る。
「≪人を殺したことがある≫って言ってました。あとで、冗談だと言っていたんですが……」
『すっげー、意味深な言葉だな。おっけ。分かった。ありがとな、いーたん。』
「いえ、良いんですよ。」
『じゃぁーねん。いーたん。愛してるよーブイブイ☆』
 ぷつっと回線が切れる音がした。ぼくが文句を言う前に切ったようだった。 それは、もういいんですと言う前に切られた。畜生。
「ぼくは一体、何がしたいんだろう」
 正直、飽き飽きした言葉を吐いてみる。独り言というには大き過ぎて、談話というには相手がいない。
 なんて戯言。
 そんな戯言。

 ぼくは何が―――――――……。






 ぼくは、メイドだ。男言葉を話す、メイドだと噂を立てられているようだ。 零崎も同じく、そう言われているが、ぼくのように表情豊かでないわけではないので、そのメイドの輪の中にも上手く入れているようだ。 けれど、ぼくはと言えば何も出来ず、やる気も出ず。なんて曖昧。いっそ、女言葉にしてみようか――。
 気分が悪くなったので、止めた。
「ちょっと、そこの貴方!」
「……なんでしょう?……えっと、どちら様ですか――……?」
「まだ名前を覚えていないのですか?私の名前は菜採です。那間家の二女。那弥奈の姉。物覚えが悪いのですか?」
「すみません。ぼくは壊滅的に記憶力がないので……」
「ふぅ。分かりましたわ。貴方は早く、料理を出して下さいな。」
「はい。」
 ぼくは一応の返事を返す。特に感情を表に出さず、棒読みで返事をした。 それが気に食わないのか、窓際に置かれてあるソファに座って腕を組み、踏ん反りがえった姿勢でぼくを睨みつけていた。
 零崎がテーブルの向こう側で料理を並べている。やけに手馴れているのは何故だ……? 決められた場所にテキパキと黙々と料理を運んでいく。バイトでもやっていたのだろうかと、眺めながらぼくも手を動かす。 睨まれているので、嫌に殺気がするのは気のせいではないだろう。
「テュルル〜テュルルララ〜〜♪」
 とてつもなく下手な音階で鼻歌を歌う男の子が食堂に入ってきた。 その隣には同じ顔をした男の子が同じ歩調で入ってくる。双子……だと思う。 どうも、ぼくは見分けというものが出来ないらしく、双子に逢うと酷く困惑する。
今日(きょー)の飯々はなんですか、メイドちゃん?」
「僕の好きなコンソメのスープかな?」
「それとも、僕が好きなトマトのスープかな?」
「それともそれとも、僕らの大好きなコーンスープかな?」
 最後は2人で声を揃えて言った。どうやら、ぼくに聞いているらしい。口笛を吹いていた男がぼくの顔を覗き見る。 それと同じようにして、口笛を吹いていた男と同じ顔をした男がぼくの顔を覗く。そして、声を揃えてぼくに言った。
「この家から出て行け」
 意味がわからなかった。ぼくに拒否権は無いわけだし、哀川さんには助けてもらったお礼がある。 一応、頑張って働いているのだから、少しのミスは見逃して欲しいものだ。
「僕らの顔を見分けられないなんて、酷いメイドだね。」
「ありえないよね。僕ら、似ているところはありそうでなさそう。 なさそうでありそうな、意図も簡単なそっくり双子なのにねぇ?」
 ぼくの目の前にいる2人はぼくと互いを見ながら首を傾げる。なんとも幼い顔立ち。 口笛の男の子には唇の右下にホクロが在り、もう1人の男の子にはホクロがない。 となれば、見分けられるのだが、名前が分からなければ意味がないということだ。
「スミマセン。ぼくは鶏程にも記憶量がないらしく、人の名前などはある意味凄いインパクトのない方だと忘れてしまうんですよ。 出来ればもう一度、教えて頂けますか?」
「む〜……いつものメイドより丁寧だから許す!僕の名前は南茉那。22歳の独身。那間家次男。」
「僕は僕はっ、僕の名前は納眞弥。22歳の独身。那間家三男。南茉那君の弟君です。」
 にんまりと笑顔でぼくに笑顔を向ける22歳の成人独身男性2人。
「さてさて、ここで問題です。」
「僕は誰でしょう?」
「……南茉那君でしょう。流石のぼくも、3歩歩いていませんから分かりますよ。」
「ぶっぶー。僕は僕だ。南茉那は僕で納眞弥は僕だ。」
 唇の右下にホクロがある男の子は、酷くズルがしそうな笑みを浮かべて、ぼくに挑戦状を叩きつける。 良いだろう。受けて立ってやる。どこからでも、来い。

「さて、僕は誰でしょう?」

 又、唇の右下にホクロのある男がぼくに問い掛けた。

「分かりません。」
「いい答えだ。」

 2人の男は、やんわりと笑ってぼくを見据えた。






 「狗良木さん。貴方は何故ぼくを≪透明≫と呼んだのですか?」
「私に似ていたからだよ」と笑う。
「ぼくが貴方に?似てなんて……」
「いや、良く似てるさ。僕は君と同じように何もかもを諦めた人間だからね。」
「そんなもの、全てが全て真向から真向に戯言ですよ。」
「冗談で流すところが良く似てる。」
「似てませんよ。それに、貴方は≪黒≫じゃないですか。」
「そうだね、僕は≪黒≫だ。」
 また笑う。くつくつととても可笑しそうに。眼は決して笑ってはいないけれど。っていうか、まず貴方が何故ここにいるのかと 言うことが不思議なのですが……。
「僕は≪黒≫だ。何色にも染められない。君は≪透明≫だ。何色にも染められない。同じことじゃないか(、、、、、、、、、)。」
「同じ……?どこがですか?」
 あなたに
 あなたに……
 僕の何が分かるんですか――……?
「何も分かりませんよ。君は透明だから見得ない(、、、、)んだ。」
「見得ない?それじゃあ、≪黒≫のあなたは見得るじゃないですか!!」
 ぼくを暴くな
 ぼくを見るな
 ぼくをぼくをぼくをぼくを―――――……!!!
「僕は≪黒≫だから、見得ないんですよ。暗闇で≪黒≫を見付けられますか?」
 澄んだ声で
 微笑んで
 眼は冷たい。
「ねぇ、いースケくん、君は見得なさ過ぎると思わないかい?」
「ぼくは……」


 見得ない。





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