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戯言を囁くのは
恋人同士ではなく
戯者同士である。
1
「おそよう。」
ぼくが目を覚ますと、薄暗い箱の中に入れられていた。しかし、僕の隣には、ぼくの部屋で寝ていた人間失格もいる。
箱といっても座り心地の良い椅子もあり、そこに座らされて何処かに連れて行かれようとしているのは確かだ。
人はこの箱のことを『車』と称する。あぁ、またぼくは他人に流されるんだ。言葉通り。
この箱は何処に向かって走っているんだ?その前に、運転している人は人ですか?
「誰ですか、ぼくらをこんな所に入れて。」
「ダレだと思うから僕を誰と呼ぶのか?」
「誰だ?返答次第では楽しく
解体してやるぜ?」
「まぁ、恐い。」
カラカラと乾いた笑いで、その台詞を吐いた。本当に誰なのか分からない。
聞いたことのない声。聞き覚えのない声。ぼくの記憶力。皆無。
「僕がダレかなんて誰と言う呼び名が付いたからこそ付けられた名前なのに。」
「意味がわかりません。」
「僕は≪
黒色の陣門降り≫だ。
記憶力皆無の≪
透明の逃亡者≫。」
「哀川さんみたいなこと云わないで下さい。」
云々かんぬん。あなたがぼくの何を知っているというのですか?透明?逃亡者?
ぼくは逃げてない。逃げない。逃げられない。逃げることはぼくが敗者だと認めることになるから。
生きていることで敗者になるのは構わない。
けれど、顔も見えないぼくの知らないヒトに敗者宣言をされるのだけは失態だ。
それほどまでに、ぼくを叩き落したいなら真正面からぶつかってこれば良い。
受けて立つ。
「 。」
「え?」
「お手上げって云ったんだよ、いーたん。」
どすんと音がして。嫌な予感がして。箱の後ろにはもう1つ椅子が在って。後ろから伸びてきた手に気付かなくて。
ぼくらはまた深い眠りに堕ちた。
「前面不注意ならぬ、背面不注意だな。」
にやりと笑ったその赤色はどこかでみた光景だった。
2
もう一度目が覚めると、眼前は白い白い天井だった。
遠い遠い場所に在る、白い白い天井。その高さは友の部屋の天井ほどあった。ぼくの部屋でないことは確か。
こんなに広くないし、まず天井の高さから違う。それに、ぼくが眠っていた場所はベットの上だった。
隣のベットには零崎が寝ていた。
白い白い天。白い白い床。白い白い壁。白い白い部屋。白い白い世界。窓の外だけ青い。ぼくの世界は何処だ?
ドアが開く音がした。ぼくは直ぐに気付いた。それは、零崎も同じだったらしく、ベットから跳ね起きる。
「哀川さん……いえ、潤さん……」
「おー!いーたん。起きたかー。」
「ここは何処なんだ、鬼殺し。」
「ここか?地獄か天国だ。いや〜……流石にアレは凄かった。あたしだって苦戦したぐらいだしな。
アイツとはもう戦いたくねーよ。零崎も負傷してたから傷を治してやったんだぜ?
いーたんは最後まで玖渚ちゃんを守って、よく絶えたよ。あたしもギリギリだった。」
「そ……そんなことがあったんですか……」
あれ?前にもあった、こんなシーン……。たしか、姫ちゃん……。姫ちゃんを助けに行ったときの話……。
ぼくはあの時、女装させられていた。女装。
ぼくは何となく自分の服を見る。いつも通り、Tシャツとズボン。
「まぁ、助けてやったんだから、恩を仇で返すようなことはすんなよ?」
にやりと笑う哀川さん。
「わかっております。不肖、戯言遣い。気が済むまで使ってやって下さい。」
「あー、助けられたんならしかたねーな。何すんだ?人殺しなら得意分野だぜ?」
「そーかそーか。いや、有難う。じゃあ、さっそくこの服に着替えてくれ。
2人とも髪の毛長くて良かったぜ。あと、プラスアルファで眼鏡とかもあるぞ?」
ぼくの趣味に入りますが、ぼく自身が着るのは好きではないです。
ぼくはそんな服着れません。
メイド服なんて……。
3
「似合うなー、2人とも。」
「あー、本当だ。」
どこかで見た、全身黒色の輩がいた。何処で見たかは覚えていない。頑張れ、ぼくの記憶力。
「誉め言葉にもなりませんよ、哀川さん。」
「あたしを苗字で呼ぶのは敵だけだ。」
ヘッドロックをかけられる。哀川さん、胸があたってます。
「いーたんのエッチ。」
哀川さんと黒色の輩に声を揃えて言われた。
「男はいつまでもエロいんです。」
反抗してみた。
「俺は興味ない。」
「っていうか、反抗したと思ったら否定じゃないんだね。」
「っつーか、いーたん。見かけによってエロいのね。」
「えぇ、そうです。」
開き直ってみる。っていうか、聞き流しましたが哀川さん、ぼくって見た目もエロいんですか?
「じゃあ、今日からいーたんのあだ名は≪変態≫の変ちゃんだ。」
「止めて下さい。」
哀川さんに止めを入れる。
「え、≪変人≫の変ちゃんがいいの?」
「止めて下さい。」
黒色の輩を止めた。だから、あなたは一体誰なんですか……。
「ってか、≪エロエロ≫のエッちゃんで。」
「止めろっつってんだろーが!!」
零崎を本気で止めた。っていうか、本気で止めて下さい。お願いします。今、凄く泣きたいです。
嘘です。冗談です。戯言です。だけど、本気で止めて下さい。お願いします。
「ところぜ、零崎。」
「何だ?」
「女装がやけに慣れているみたいだが、何でだ?」
「一賊の仕事で、潜入捜査とかあったから。」
「へー」
「あと、大将の趣味?」
「ふーん」
「大将の口調はかなり変だった。最初はどっかと訛りだと思ってたんだがな。今思えば、アレはキャラ作りだったんだと。」
「どんな口調だったのさ。」
「『やめるっちゃ』とか言ってた。」
僕の周りには、まともな奴はいないのか……。
まとも人、大歓迎。是非、是非是非、逢わせて下さい。
4
潜入捜査とかぼくは何度か遣ったことがある。
それ程苦痛ではないのだが、フリルのついたワンピースでやることになったのは初めてだ。
なんというか、これはぼくの趣味に合わせてくれたのか、それとも哀川さんの趣味かは分からないところだ。
今回は、手作りではなさそうだった。何処で手に入れるんですか?
「さて、今回いーたんたちに手伝ってもらうのはとても簡単なことだ。この家の捜査。
3日間この家で過ごし、気付いたことをあたしか良久に教えてくれたら良い。」
「良久って言うのは僕の名前だからね。狗良木良久。覚えてなかったでしょ、いースケくん。」
「えぇ。」
はっきり言って、すっぱりと忘れていた存在。
狗良木良久。
名前は覚えた。思い出せないが、覚える。何処で逢ったのかも喋った内容もすっかり忘れてしまった。
昨日まで覚えていたかもしれない内容。全く何も、影も形も覚えていない。
まるで透明。
「いーたんと良久って似てるだろ?昨日探してた奴って、コイツだったんだよな?」
零崎が哀川さんに話し掛ける。
「そうそう。あの後直ぐに逢えたんだよ。でも、見付けにくかったぜ、いーたんみたいに。」
ぼくのように。
それは、見えても見えない。見えなくて見える。そんな存在。
ぼくは透明。
狗良木さんも透明。
いつまでも、色は着かない。
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