第三章 ――――― 黒色の特徴





朱に交われば紅くなる。
闇に交われば黒くなる。






 玖渚のマンションを出て、狗良木さんと交わした会話を思い出してみる。


―――――またね、≪透明な逃亡者(カラーレス・ランナウェイ)≫くん。


 ≪透明の逃亡者≫と言う意味が全く理解できない。
もちろん、狗良木さんがぼくに対して云ったことなんだろうけど、≪透明≫の意味が分からない。
≪逃亡者≫は、逃げ帰ると言うぼくの精神からそういったのだろう。
 だけど、透明ってなんだ……?
 また、妙な呼称が増えてしまった。しかも僕自身、全く理解できない呼称。滅茶苦茶だ。どうにかしてくれ。
今度、狗良木さんに逢えたら呼称の意味を聞いてみよう。縁があれば逢えるだろう。そう、縁があったなら。
 ドンッ
「あ、すみません」
 考え事をしてたら、人とぶつかってしまった。今日はアンラッキーディなのか……。
「いやいや、こちらこそ……」
「あぁ!!」
「あぁ?!」
 知り合いにぶつかって、その知り合いと声をハモらせて指を指しあい、奇声上げたとき、僕と知り合いの横にドサリと知らない人が落ちてきた。
 周囲から驚愕の声があがるまで1分もかからなかった。

 やっぱり今日はアンラッキーディ。






「かはは。吃驚したぜ。また逢うとはな。」
「ぼくは、逢いたくなかったよ。」
「何かの縁だろ?しょうがなかったんだって。」
「しょうがない……ね。」
 ぼくらは死体が落ちてきたビルの向かい側にあった焼肉屋でご飯を食べている。時間が五時ごろだったので、焼肉屋の中はまだ空いていた。
 死体を見た後に焼肉を食べると言う行為は気分を害する人が多いだろうが、ぼくらは、さして気にすることも無く肉を突付いていた。
 30階上から落ちてきた その死体は、落ちたのか落とされたのかは分からなかったが、手はもげ、足は千切れ、内臓は飛び出て、脳味噌はグチャグチャになっていた。
 この戯言遣い、生れて初めて落ちてきた瞬間を見ました。
「いつ帰ってきたんだよ。」
 一刹那前、考えていたこととは全く違うことを人間失格に質問してみた。
「さっきだ。やっぱりあっちは肌に合わなくてなぁ……2、3人バラして戻ってきた。」
「へぇ・・・」
 人間失格は、ぼくと2度と会わないと、ヒューストンの方へ行った筈なのだが、帰ってきたらしい。意志が弱いと言う所もぼくに似ている。
 いや、ぼくは流されやすいだけか……。
 零崎はぼくに似ていて似ていなく、ぼくは零崎に似ていて似ていない。
 零崎は殺人鬼で、ぼくは戯言遣い。1つ間違えば零崎はぼくのように戯言遣いに成っていたのかも知れない。1つ間違えればぼくは零崎のように殺人鬼に成っていたのかも知れない。
 ただ、それだけ。
 似ているようで似ている。
 似ていないようで、似ている。
 こんなこと、戯言でしかないんだけどさ。






 一通り話し終えて、焼肉屋を出ると、人が落ちてきた場所に警察官らしき人が5、6人いた。その中に見たこののある顔がある。 何処で見たんだっけ……?≪立入禁止≫のテープが張られている所の外側には、歩いていた時よりも沢山の人が集まっていた。
「おーお。かはは。カメラマンまでいるぜ?」
「あ、本当だ……。有名な人なのかな……?」
「知らねぇのか?」
「何が……?」
「……本と縫い情報に疎いなぁ、いーたんは。」
 後ろから聞こえた、声の主は、今どこかにいる筈の人類最強。何故、アナタがこんな所にいらっしゃるのですか?
「久し振りにいーたんに逢ったと思ったら、≪灰色のヒトデナシ(グレイ・アンヒューマン)≫もいたのか。」
「どーも。」
「海外逃亡してたんじゃなかったのかよ。」
「いーたんが気になって。」かははと笑う、零崎。「やめてくれ。」とぼくは人間失格にツッコミを入れた。
「で、また事件かよ。京都は平和がねぇなぁ……。」シニカルに笑う哀川さん。あの(、、)≪人類最強≫。≪赤き制裁≫。≪脳内麻薬女≫。
「ありゃー、那間家の長男だぜ。末弟に全遺産がいくってんで、ヒステリーでも起こしたんじゃねぇの?」
 哀川さんは読心術で読んだのか、刑事さんに聞いたのかは分からないが、すらすらと死体のことについて述べた。……那間家って玖渚が言ってた、あの那間家かな……。 全遺産が末弟にいくっていうのは、あの狗良木さんがぼくに手渡した、新聞に載ってた中記事だ。 7人兄弟の内、今のところ、死んだのは長男と長女。生きているのは5人。内輪揉め? 遺産相続の縺れなんて、人間の汚いところが剥き出しになる、人間嫌いにはめっぽう嫌なイベントだと狗良木さんが笑っていたことを、ぼくは覚えていた。
「そーいえば、いーたんに聞きたいことがあったんだよな。」
「なんでしょう。この戯言遣い、不肖ながらアナタの力に慣れるのであれば真実という名の戯言を吐かせて頂きます。」
「そーか、そうか。じゃあ、聞く。本格的に本質を本当に本気で答えろよ?」
「えぇ、分かってます。」
 哀川さんはひとつ間を置く。
「黒色の輩を知らねぇか?」
 ぼくは少し思考が停止した。黒色の輩って狗良木さんのこと……か?そうではないだろうとは思えなかった。
 けれども。
 けれども、ぼくは知りませんと答えた。何故かはなんて聞かれたら「その日の気分」と答えるようなそんな気分だった。黒い輩とは関りたくない。そう、思った。 それは、ぼく自身が変な事件に巻き込まれないようにするために分からないフリをしたのか、もしくは玖渚の身を案じたのか。 もしかしたら、ぼくに似た、あの、狗良木良久(ブラック・ギビング・アップ)を守ろうとでも思ったのか……。
 戯言だ・よ。
 「分からない」といったのは自分を守るためだと思おう。多分、そうなのだと、思おう。祈ろう。願おう。
「なーんだ。知らないのか。じゃあ、おまえは?」
 哀川さんは、零崎をあごでさす。零崎は、「あぁ」とかったるそうな声を出し、「黒い奴なんて俺の周りには山のようにいる」と言った。
「んー、そうだなぁ……名前は分からねぇんだが、特徴は何、全てが黒。口癖が≪お手上げ≫で眼鏡。んで、自分を称して≪陣門降り(ギビング・アップ)≫。」
「見たことあるかも知れねぇなぁ。っつーか、眼鏡をはずしたら俺やこいつにそっくりな奴だった。」零崎はぼくを親指で指差す。もちろん、≪こいつ≫とはぼくのことだ。
 哀川さんもぼくを見た。じーっと。穴が空くぐらい。
「いーたんにクリソツ……。そっかー、う〜ん……探しにくそうだな、そいつ。」
 哀川さんは自答し、何か答えが見付かったように、腕を組んでうんうんと頷いた。聞こえましたが、何故ぼくにそっくりだと見付けにくいんですか、哀川さん。普通、探しやすいのでは?
「いーたんは、そこにいてもいなくても良い何とも其処にいることが別に関係のないような存在だからな。見付けにくい。」
 酷い。

 ―――― ≪透明な逃亡者(カラーレス・ランナウェイ)≫くん。

 ふと、狗良木さんの言った言葉を思い出した。






 哀川さんと別れて、やっと家に戻った。零崎は戻ってきたばかりでお金がないらしく、ぼくの家に泊まるらしい。
ぼくは別に構わないけれど、ふとんは1セットしかない。だからといって、男2人で1つの布団に入るということは避けたい。
「人間失格。」
「何だ、欠陥製品。」
「ふとんは1組しかない。」
「それが?」
「ぼくは布団で寝たい。」
「どうぞ。」
「きみはどうするんだ?」
「俺は壁にもたれて寝る。」
 零崎は小さく溜息をつき、窓の近くに腰を下ろした。どうやら、どこでも眠れるらしい。ぼくの家に泊まる必要性はあるのか。 まぁ、今は12月だし、凍死するよりは、ぼくの部屋で凍死したほうが良いだろう。本当に凍死することはないだろうけど。
 戯言だからね。
「もう、寝るぞ。」
「うん。」
 パチン。と、電気を消す音がした。
「おやすみ。」
「うん。おやすみ。」
 ぼくは久し振りに「おやすみ」という、言葉を吐いた。








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