第二章―――――黒色の珈琲





世の中には似た人が3人いると聞いたが
迷信でもないみたいだな






 僕は今、机を挟んで玖渚の前に座っている。玖渚の隣には黒色の輩。
 一体何の経路でこの黒い輩に出会ったのかは分からない。あぁ、玖渚からの電話で呼び出されてココまで来て、鉄板扉を開くと、其処に黒色の輩が居たんだった。
「コーヒー冷めるよ?」
「お気遣い無く。」
 黒色の輩に気遣われて、そっけなく受け答え。興味ないものには本当に興味が無い。黒であろうが白であろうが興味にならない。 しかし、出されたものだし、飲まなければ失礼だろう。と言うことで、目の前にあるコーヒーを手に取り、口の中に流し込んでみる。
 おいしい。
 コーヒーは、濃い薄いが難しくて、人の家や喫茶店などのコーヒーはあまり頼まなかった。 家にもそんなリッチ(?)なものは持ち合わせていないので、入れたりはしないのだが。
「良久っちの入れたコーヒーは評判いーんだよー。」
「そうなんだ……。」
 玖渚がエヘへーと満面の笑みで、黒色のことを褒めた。あんまり嬉しくない。楽しくない。
 ……こんなのただの嫉妬じゃねーかよ……。
「大丈夫だよ、いースケ君。そんなに警戒しなくても、友っちは取らないさ。」
 読まれた。読心術ができるのか……余計なことを考えたら全て読まれるな。 そういえば……と言う感じで哀川さんを思い出した。赤色の人類最強。 今、どこにいるのかは知らないが、また事件を連れて僕の元に来るだろうと考えると迷惑極まりない。
「哀川さん、今何処にいるんだろうね。」
「うにー、この間来てたよー。あ、そういえば!!」
 ふと思い出したように玖渚は席を離れてパソコンに向かった。
カタカタと大きな部屋にキーボードをたたく音が響く。……パソコンじゃなかった……鴉の濡れ羽島で何度も言われた玖渚専用のパソコン。 ワーク……ワーク……なんだったっけ……。玖渚に聞いたら、また覚えが悪いだの言われるんだろうな……なんて思っていると、クスクスと笑い声が聞こえた。
「何ですか?」
 柄にも無く、僕から質問をしてみる。
 本当に柄にも無い。
 黒であったって白であったって、僕には関係が無いのだから。
 この人に関わることなんて、たぶん、無いのだから。
 縁なんて、一握りのものなのだから。
 戯言も良いところだ。
「いや、何でもないよ。ただ、本当に覚えが悪いんだなぁと思ってね。」
 狗良木さんは笑いながら、僕の欠点をついてきた。物覚えは(たぶん)悪くない方なんだ。
 ただ、興味がないことは覚えていないと言うだけで。
 人生の中で、100%のものを100%覚えている人なんていないだろう。それこそ個性だ。 それを云うなら、逆に覚えが悪いという事だって個性だといえる。
 個性は大事にしろって云われたしね。
 狗良木さんはカップの中身を全て飲み干したらしく、席を立った。
「ワークステーションだよ。結局、思い出さなかったね。いーたん。」
 ニヤリと意地悪く笑った その顔と口調は、どこかにいる人類最強を思い出させた。






 「やったよ!新データが更新されてるよ!!」
 パソコン……じゃなくて、ワークステーションの前で両手を挙げて、万歳をしている玖渚。 その隣で、2杯目(?)のコーヒーを啜っている狗良木さん。 何のデータなのかは知らないが、また玖渚にツボに入るようなニュースがあったんだろう。
 そういえば、ぼくは一体何のために呼ばれたんだろう?
「家系図はっけーん☆那間君は〜……っていーちゃんちょっと来てー!!」
「……」
 呼ばれるままに、玖渚の隣へ行く。もちろん狗良木さんが立っている場所の反対側だ。
「いーちゃんてさー、那間くん知ってるよねーー?」
「誰、それ?」というと、玖渚と狗良木さんに怪訝な目を向けられた。だから、ぼくは物覚えが壊滅的に悪いんだってば……。 クラスメイトの名前なんて、ほとんど……否、全然覚えていないのだから。
「いーちゃんのクラスメイトだよー。今、新聞とかで噂されてる相続権がどーたらこーたらってやつ。」
「まぁ、新聞読んでみ?」
 狗良木さんに手渡された新聞に赤のマーカーで囲まれている中記事を発見した。 そこに載っていたのは7人兄弟姉妹の遺産相続権について。こんな記事が乗るのは妙だ。 遺産相続の縺れなんて、どこの家でもあるような話だ。
 『那間家、遺産相続権は末弟に?!』という題だった。
 末弟という所でもめたのか、全ての遺産が1人にいくと言う所でもめたのか、どちらかは分からない。 分からないが、考えられるのは末弟以外の兄や姉などが遺産相続に適していない、もしくは信用性がないのか……だ。 今の時代は、乗り越えられる奴にしか乗り越えられないからな。
 まぁ、今のぼくには何も関係ないことなんだろうけど。
「遺産の2億全てが末弟に行くのか……」
「みたいだねー。これはやばいよねー。って云うかさ、新データなんだけど、長女の茉那ちゃんが死んじゃったらしいよー。」
「自殺?」
「うんにゃ、他殺。犯人特定不能だって。」
「へぇ〜」
 さして興味の無いような声を出しつつコーヒーを啜る狗良木さん。本当に興味が無いんだろうなぁ……。
「んーとね、興味が無いというか、興味という言葉自身にに無感動、無関心、無意義。人間なんてどーでもいい生物なんだから。」
「あ……そうですか……。」
 話し掛けても無いのに返事を返してくる狗良木さん。今、どこかにいるぼくと玖渚の2年後までの運命までを占ってくれた占い師が、ふと頭に過ぎった。






 人の死なんて特に気にする必要性の無いことだ。人は何時だって死と隣り合わせなんだし、不死身の人間なんている筈が無いんだ。年とともに身は朽ち、老化する細胞……。 それはあまりにも醜くて、汚いものへと変化を遂げる。
 ……なんて、人間は20歳になる前から汚いものなのだろうけどね。ぼくもその中の1人だ。
 戯言だね。
 とても……とてつもなく下らない戯言。こんな話でも人間失格は≪傑作≫だとはくのだろうか。赤色の人類最強は≪面白い≫とでも言うのだろうか。青色のサヴァンは≪うにぃ≫とでも溜息を吐き天井を仰ぐのだろうか……。

 全てにおいて何の価値も無い戯言。

 黒色は一体どんな反応を見せるのだろうか……?と。そう思ってしまった。僕はとことん変わり者と仲良くするのが好きらしい。
「あの、狗良木さん……」
 今、ぼくが思っていたことを聞いていたのなら、狗良木さんは聞き返すことは無いだろう。 全てはあなたに筒抜け(、、、、、、、、、、)なのだから。
 あなたは一体何を思ってぼくの戯言に耳を傾けていたのですか?

「全てはお手上げだね。そう、全てにおいて。陣門降りは降参だ。難しいことは分からんさ。」
「嘘が上手なんですね。戯言遣いと気が合いそうですよ、狗良木さん。」
 「そう?」と云いながら眼鏡を外した狗良木さんの顔は人間失格に良く似た顔をしていた。






「兎にも角にも、ぼくが呼ばれて理由って言うのは、那間って子の事についてだけ?」
「うん☆」
 笑顔で受け答えをする玖渚。
 いや、もう良いんですけどね。
 狗良木さんは相変わらずコーヒーを啜りながら玖渚のワークステーションを見ている。
 玖渚がキーボードを打つ速さ、ディスプレイに出す文字を高速で読むのには流石についていけない。 天から授かった才能というものは時にはとてつもなく怖いものだ。 しかし、その天才(天災?):玖渚友の打ちやすいように作られたキーボードを楽々と打ってしまい、玖渚の凡ミスを指摘してしまう、黒色の輩にも少しばかり恐ろしさを感じる。
「友っち、ココにはiso309-22よりiso308-45のほうが良いと思うよ?」
「あっ、そっかー、良久っち、さんくー。」
 ぼく、いてもいなくても良いキャラクターになってないか……?これじゃあ、姫ちゃんの事件と同じことになってしまうのではないのか?!
 少し危機感を覚えた。
 僕は帰ることにした。何だか逃げ帰るみたいで、嫌な感じがするけど、これはしょうがないことだと、玖渚の元を離れた。
「あれー、いーちゃん帰っちゃうのー??」
「うん。ぼくがココにいてもすること無いし、明日には学校があるからね。」
「うーん……そっかー……。」
 少し寂しそうな顔をするが、10秒位で顔を明るくして「分かったよ、またね、いーちゃん。」と言った。
「またね、≪透明な逃亡者(カラーレス・ランナウェイ)≫くん。」
 狗良木さんの言った意味は分からなかった。






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