蒼。
気付けばそこは、蒼い世界だった。目が覚めた場所は蒼色の世界。
ぼくば何故ここにいるのか。それは、簡潔にして単純な理由。哀川さんが連れて来たんだろう。
見上げると蒼い世界の中に光が見えて、手を伸ばしてみても、届くはずが無く。
蒼い世界に埋もれながらも、外に出たいという感覚は捨てきれず。
居心地がいい筈の蒼い世界を捨ててまで、外に出る理由は何処にも無いが、どうしても手を伸ばして蒼の中に沈めない場所を抜け出したいとは思った。
「いーちゃん?」
「やあ、友。また助けてくれたのか……」
「うん。良久っちに頼まれたの」
「そうか……」
彼は彼女は逃げたんだろうか。彼は彼女は部屋から出て行った後、何処に行ったのだろうか。
哀川さんに逢ったのだろうか。哀川さんと戦ったのだろうか。哀川さんとは本当に知り合いだったのだろうか。
零崎と逢ったのだろうか。零崎と戦ったのだろうか。零崎とは本当に知り合いだったのだろうか。
僕には、今となっては、全く関係のない事だろうけれど。
「良久っちに呼ばれて那間家に行ったんだけど、いーちゃんってば打っ倒れてて吃驚したよー。」
「そうか……で、僕をココまで連れてきてくれたんだな……」
「うん。そうだよ。僕様ちゃんの部屋ー」
にこりと笑って僕の頬にべっとりと付く髪の毛を掃う。視界が僕の茶色と友の蒼が混ざって妙な世界が生まれる。
何色にも染まらない
ふと、彼の彼女の言葉を思い出してみる。僕は無色透明。そんなことはない。僕は純粋。そんなことはない。
そんなことはないし、あってはいけないんだ。僕は穢れているんだ。きっと、黒以上に穢れているんだ。
何色にも染まれないのは、僕が穢れきっているからだ。
きっと蒼も汚してしまうだろう。赤も灰色も。黒でさえも汚しかねない。
「僕は、穢れているんだ……」
「うに?」
「無色透明なんてありえない」
ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ僕を覗き込んで、友は小首を傾げる。
そして、ベットから降りるのかと思いきや、端の方にちょこんと座り込んで俯いて見せた。
「まあ、確かに寝ている時のいーちゃんはとっても激しかったよ……」
「……は?」
「いーちゃんってば、本当に寝ている時はダイタン……」
「ちょっとまて、おい、友、なんのことだ……」
「いーちゃんってば酷いよね……忘れてるんだもん、あの熱い夜のこと……」
「友!」
「うわーい!いーちゃんが怒ったあ!」
ベットから滑るように降りて、さささっと別の部屋に走っていってしまった。
大きなこの家の構造を完璧に把握している友のことだ。
どうせ、僕の知らないスペースにでも行ってしまっているのだろう。屋根裏とか。
っていうか、友……いや、友さん……嘘ですよね?前にもこんなことあったような気がするんだけど……デジャヴかな……。
そうだよ、きっと既視感だよね。そうなんでしょ、友さん……。
まあ、大半が冗談だ。多分。分からないんだよ、友の言葉。
「いいご身分だぁな、戯言遣い」
「っ?!零……ってあいか……潤さんじゃないですか……」
「追いかけなくていいのか?」
「良いんですよ、どうせ冗談ですから。」
「そうか、じゃあアタシとのことも冗談だったんだな?」
「滅相も御座いません」
冗談だよ。と悪戯に笑う哀川さん。僕の複雑な表情を汲み取ってか、僕の頭をクシャクシャと撫でた。
笑ったままの哀川さんの顔は、少し怖く、妖艶だった。
「アイツは、消えたよ」
笑顔で、教えられた事実。彼は彼女は消えたのだそうだ。
彼は彼女は黒だったから、見付け易いと思うのだけれど、闇に隠れてしまえば分からない。
それに、今を生きる人間が全て、白である可能性はないのだ。
黒という色といえない無彩色は他の色に混じってこそ穢れるあの色は、どこかに消えてしまった。
「そう、ですか……」
「ああ。跡形もなく、な。蒼が来たときにはもう居なかった。
連絡を入れていたことは知っていたが、アイツはすぐにいなくなっちまったんだ。」
「そうですか。」
「ああ、そうさ。いーたんはいつも大事なところで倒れるなあ。流石、だ。」
「褒めてるんですか貶してるんですか蔑んでいるんですか、
狗良木良久さん。」
「んふふ。ばれてたか」
嫌らしく笑う。哀川さんの顔でにやりと笑う、彼彼女。性別の分からない、彼、もしくは彼女。
黒ぶちの眼鏡をポケットから取り出して、掛ける。ああ、哀川さんの顔は何でも似合う。
純粋に綺麗だと思ってしまう、哀川さんの顔。実際は彼彼女だ。
「なにをしに来たんですか」
「なにもしないさ。殺しもしない。赤色に手は染めたくないもんでね」
「そうですか」
赤い色は罪の色じゃない。情熱の色だ。哀川さんの色だ。
黒い色は罪の色だ。闇の色だ。彼彼女の色だ。
にこりと、哀川さんの顔で笑いなおすと、掌を天に向けて「やれやれ、お手上げだ」と呟いて、部屋から出て行った。
カチャリとカギが開く音がして、
キィィとドアが開く音がして、
するりと布の擦れる音と、
しゅるりと地を踏む靴下と絨毯の擦れる音がして、
キィィとドアの閉まる音がして、
パタンと扉が閉じられた音がした。
黒が居なくなって、
音が居なくなった。
僕は、どこにいるんだろう。
僕は、透明なんだな。と、確信した。
≪ Black and Transparency ≫ is the END.
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第7章|